2022年11月、宮城県多賀城市にオープンした版画工房 & Gallery「在る print studio」。主宰者である現?美術科版画コース卒業生のあるがあくさんは、版画家として作品制作に向き合う一方、版画講師としても活躍。2024年1月にはこのギャラリーで初の展示会となる『てのひらノート展』を開催するなど、誰もが版画に触れられる機会をつくりながら、その魅力を広く伝えています。そんなあるがさんに、工房をオープンするに至った経緯や、大学時代から抱く版画に対する思いについてお聞きしました。
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みんなでシェアできる、開かれた工房
――あるがあくさんというお名前と、「在る」という工房名の由来をお聞きしてもいいですか?
あるが:「あるが」は母の旧姓で、「あく」は私が子どもの頃に家族が呼んでいたあだ名です。それをひらがなで組み合わせて作家名にしました。工房の名前の「在る」は、「ここに版画工房が“在る”から、みんなでシェアして使えますよ」という意味を込めました。卒業した後、作品を制作する場所の一つとしてシェア工房があったら私なら嬉しいな、と思ったので。制作場所の確保が難しくて、表現活動から遠ざかってしまう人や、プレス機が近くにないために、制作に不便を感じている作家仲間もいると思います。それから、サイドワークで版画をやってみたい人や、革細工の制作にプレス機を使いたい人などに向けて、工房を開いておけば、さまざまな使い方の可能性も出てくるんじゃないかなと思いました。大学の版画室は、道具やプレス機を共同で使うのが日常でしたので、ここが小さな“版画室”になったらいいなと思っています。
――そんな工房の主宰者でもある中、一番の軸になっているのはやはり版画家としての活動でしょうか?
あるが:そうですね。特に境目はないのですが、軸は版画家ですね。作家活動は在学中から行っていて、卒業してからも制作場所だけは確保しなきゃ、と思っていました。卒業後は山形に4年ほどおり、出産を機に制作をセーブしたりしながらも、細々と続けていました。地元の宮城に戻ってきてからは、利府町にある公共施設のtsumiki※でコーディネーターの仕事をしていました。そして2022年にこの工房をオープンさせたのですが、そのきっかけになったのが、卒業してすぐに買った大きいプレス機の存在でした。自分一人で使っているだけではもったいないので、この大型のプレス機を使って誰かと制作したいな、と思ったのが始まりですね。
※JR利府駅に隣接して建つ、カフェを併設した地域の寄り合い所としてのフラットな公共施設。
ちなみにこの工房は、亡くなった祖母がかつて経営していた築60年の住居兼ガソリンスタンドをリノベーションしたもので、今は私が住居兼工房として使わせてもらっています。工房は月の半分ほどオープンして、予約制で木版画と銅版画の講座を行っています。閉めている時は自分の作品を制作したり事務仕事の時間に充てています。土日は外部のイベントでワークショップを行うことが多いので、試作をしたりもします。それから、仙台美術研究所という美術予備校のカルチャースクールでも講師をしており、2016年から版画講座を担当しています。
――いつもどんなテーマで作品を制作されていますか?
あるが:在学中から人の感情の動きを深いテーマにしていて、それを継続する一方、近年は「木漏れ日蒐集」という、木漏れ日の形を借りた版画作品シリーズをつくっています。木漏れ日って一瞬のきらめきや光と影の重なりだったりするので、人の感情を表現する時にも、伝わりやすいモチーフとして形を取り入れられるんじゃないかと思いました。そういう揺れ動いて流れていってしまうものを版画で一つ一つ閉じ込めるような意識で作っていて、それをたくさん制作したらどう見えるのかというのを実験している途中です。2022年に開催した「木漏れ日蒐集」の個展では40点ほど展示しました。
――作品を展示する機会というのは多いですか?
あるが:ありがたいことに、近年は仙台の画廊が企画する展示に参加しています。それから、版画の卒業生が主催する任意団体ピュシスNEXT が運営するグループ展があります。もともとは震災をきっかけに「東北の作家を支援したい」と東京の養清堂画廊と版画コースにいらっしゃった若月公平(わかつき?こうへい)先生※が始めた展覧会です。毎年20数名が2~3点ずつ出品し、東京と東北のギャラリー4~5会場を巡回しています。展示はもちろん、会期中のワークショップや制作実演など、作家主体で企画して動かしていける展示があることはすごく刺激的ですしありがたい機会なので、2024年は運営メンバーとして参加しています。また、個展に関しては自分でギャラリーを借りて行うので、コンセプトや見せ方など考えて、毎回気合いを入れて企画しています。
※版画家。2021年度まで美術科?版画コース教授。
昨年は、『北のクラフトフェア』という屋外のイベントにも出展したのですが、興味を持って作品を見てくださる方が多くて、とても印象的でした。これまでの展示では、美術ギャラリーで作品然として観てもらうことがほとんどでしたので、ふらっと立ち寄って「いいね」と言ってもらえるのが新鮮で。「玄関に飾りたいから」「プレゼントしたいから」と、日常に取り入れる目的で見てくださる方が多かったのも新たな発見でした。
背中で見せてくれた、作品に向かう姿勢
――版画の指導というのもお仕事の柱かと思うのですが、どんな時に教える楽しさを感じますか?
あるが:版を摺ってめくる瞬間、生徒さんが「おぉ!」と言ってくれるのがすごく嬉しいですね。やっぱり「楽しいね」とか「面白いね」という言葉をいただけるとやりがいを感じます。その楽しさって、私自身も大学で版画をやった時に経験したことなんです。普段は一点ものの版画を作ることが多いのですが、それは色の滲みなどの一度しか表現できないものも生かして作品にしたいからなんです。なので講座で生徒さんにお伝えするときも、「ちょっと擦れたり滲んだりしている部分も失敗と捉えず、その表現が好きなら生かしましょう」と伝えています。まずは摺ってめくった瞬間の驚きと発見を体感していただくことを優先して、技法やルールをお伝えします。版画の魅力を感じて、もっと知りたい、もっとやりたいと思ってもらえたら最高ですね。
――そもそも版画を学ぼうと思ったきっかけは?
あるが:私は洋画コースで入学したので、最初は油絵を描いていました。油絵は、描いて削ってまた描いて、と繰り返しできてしまうので、終わりが分からなくなって辛くなってしまった時期がありました。そんな時に銅版画の授業があって、やってみたら繊細な表現がとても面白くて、1年生の終わりには版画室に入り浸っていました。
その後、中村桂子(なかむら?けいこ)先生※に木版画を教わってからは色彩を重ねる魅力を知って、紙が破けるまで摺るようなことをしていて。その時も人の感情の動きや思考の深い部分を摺り重ねで表現できたらと考えて、暗い色になるまで何度も摺り重ねた作品で卒業しました。最終的に目指す画面から逆算して、摺り重ねる順番を考えていくような版画の絵づくりが性分に合っていましたね。直接線を描くことにも何となく苦手意識があったのですが、版を介して出てくる線や形はしっくりきました。表現したいことを一度版に起こしたり、プレス機に摺りを委ねたりする工程が、作品と自分との距離をうまく保ってくれているような気がしています。俯瞰して冷静に作品を作ることができたのは、版画技法の制約があるからだなと思います。
※美術科?版画コース教授。詳しいプロフィールはこちら。
――大学で得た学びの中で、今も作家活動に生かされていると感じることは?
あるが:一番は、ちゃんと作品を一つ仕上げること、壁に掛けて展示して責任を取ることを、先生方に背中で見せてもらえたことですね。在学中から学外の展示に誘ってもらって、先輩に混ざって1点でも作品を出せた経験がありがたかったです。展覧会を行うため、作品を撮影して、展覧会のDMをつくって、発送して、という一連の流れを経験したことで、卒業後も一人でも動ける基礎ができていました。作品さえちゃんと誠実に作ることができればやっていけると思うことができました。
それからコースの仲間とは、作品についてたくさん話しましたね。先生方も版画室にいることが多くて、課題で悩んだ時などはすぐに相談できました。先生方も版画室のプレス機で制作していたので、そこに行けば会って話せる環境があって良かったです。
――今後やってみたいことはありますか?
あるが:中村先生と結城泰介(ゆうき?たいすけ)先生※が主宰されているKODAMA PRESSという出版レーベルと一緒に商品開発しているところです。版画技法を生かしたポストカードなど、手に取りやすいアイテムで、版画の魅力を広く伝えていきたいですね。活版印刷やリソグラフなど、印刷方法をさまざま選べるのでワクワクします。
自分の工房では、大きいプレス機を使って、襖サイズの版画を制作したいです。
※美術科?版画コース専任講師。詳しいプロフィールはこちら。
――それでは最後に受験生へメッセージをお願いします
あるが:自分と近い人だけではなく、いろんな人と関わっていってほしいですね。私自身、これまで出会ったさまざまな業種の方々に助けられて、応援してもらって、版画をやれているんだと思うんです。小さなチャレンジを少しずつでも積み重ねていくと、失敗しても小さいですから。あまり怖がらずに、「これは実験だから失敗しても大丈夫」くらいの気持ちで楽しんでやってみてほしいですね。芸工大はサークル活動やコースを越えたプロジェクトなど、学部外の人とつながる機会も度々あるので、積極的に参加してみてはいかがでしょうか。
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「私が講座やワークショップをしているのは、皆さんに“版画を面白い”と思ってもらいたいからです。版画は、小学校で体験する黒インク一色の木版画のイメージがあると思いますが、その体験だけではもったいないくらい魅力がたくさんあるので、これからも誰かの“体験”に寄り添っていきたいですね」。そう話してくれたあるがさん。摺りによって現れた擦れや滲みを失敗と捉えるのではなく、むしろ偶然の産物として歓迎し、積極的に作品に生かしていくそのスタイルに、あるがさんの温かく愛情あふれる人間性も垣間見ることができました。
(撮影:渡辺 然、取材:渡辺志織、入試課?須貝)
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