美術科版画コースを卒業し、地元札幌市にある札幌芸術の森 版画工房で指導補助をしながら、作家活動を続けている平野有花(ひらの?ありか)さん。自然に囲まれた美しい環境を職場に、版画芸術を通して地域の人と関わる喜びと、木版画との出会い、学生時代の学びについてお話を伺いました。
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市民に開かれた芸術文化の複合施設。自然豊かな場所で制作と仕事を両立
――現在のお仕事の内容を教えてください
平野:地元、札幌市にある札幌芸術の森の版画工房で、貸し工房の運営や講習会の指導補助をしています。1週間のうちほとんどの日は一般利用者向けの貸し工房を開いているので、受付や備品準備、施設管理がメインの仕事になっていますね。
札幌芸術の森というのは、1986年に設立された公共文化複合施設で、大きな公園みたいな場所です。その中には、美術館や工芸を取り扱う工房、野外コンサートができるステージや音楽?舞台芸術の練習や発表のできる施設もあります。工房には版画のほか、木工房、陶工房、染め織り工房があって、さまざまな芸術文化が体験できるんです。母親がこういう場所が好きだったので、できた当初からよく通っていた馴染み深い場所でもあります。小さな頃は版画工房があることを知らなかったのですが。
――こちらに就職されたきっかけは何だったのでしょう。
平野:大学院修了後、版画制作ができる場所を探していたところ、この工房を知り、一般利用者として通っていました。前任の職員の方が芸工大の卒業生だったこともあり、5年の雇用契約が終了するタイミングで職員募集をすることを教えてくれました。それで受けてみたのがきっかけです。
――版画作家としての活動もしつつ、指導もされているんですね。
平野:朝10時から夜の11時まで工房を開放しているので、仕事が終わったあと、一般の利用者と一緒に夜間利用をして制作しています。休日もここで制作して過ごしているので、毎日ここに通っている感じですね。
工房は山の中にあり、自然に囲まれているので働いていて気分がいいんです。リスとかが普通に歩いていたりして、とても北海道らしい環境。ここで働けてうれしいです。契約期間は限られていますが、一生ここで働いて制作を続けたいくらいです。
――お仕事で大切にしていることは?
平野:どの仕事にも言えることかと思いますが、利用者さんとの関わりを大切にしています。毎週決まった曜日に来られる常連さんが多く、そういった方々のおかげで工房は存続できている面があるので、長く制作を楽しめる場所になるように意識しています。いわゆる接客のような関わりではなく、作品を通して表れる感性に触れるような深いつながりを持つことで、創作意欲がわき、通う回数を増やしてくれた方もいました。
――利用者さんとの印象深いエピソードはありますか?
平野:家庭の事情でしばらく来られなかった方が久々にいらして、「あなたに会いに来たのよ」と言ってくれたこと。やっぱりそういう言葉はうれしいですね。あと、ビギナー講習から始めて一般講習に移り、一人で制作できるようになって制作活動を始めた方もいました。お互いに作家として関わるようになり、仲間が増えたようですごくうれしかったです。これからも、そういう人が増えていったらいいなあと思っています。
――大学での学びは、どのような面で役立っていますか?
平野:工房管理の仕事をする上で、大学院も含めて6年間版画を学び身につけた専門知識が役立っています。版画には代表的な4版種(木版画、銅版画、シルクスクリーン、リトグラフ)がありますが、それらすべて制作可能なのがこの工房です。なので、4版種すべての知識がないと管理ができませんし、利用者さんの信用も得られなかったんじゃないかなと思います。
また、ずっと木版画を専攻してきた強みを生かして、私が着任してからは木版画の設備を整えました。その甲斐あって、あまり人気のなかった木版画もしてくれる方が増えてきたんですよ。
ものの見方が変わった、授業カリキュラム。個人の特性から作風が生まれる、芸工大の指導法
――芸工大を選んだ理由は?
平野:高校生のときから木版画をしていたので、木版画ができる美大を中心に探していました。多くの大学は1年次に油彩などの基本を学び、2年次から実際に版画をするというカリキュラムでしたが、芸工大は1年次から木版画の授業があったので選びました。どんな先生がいるのか調べたときに、中村桂子先生の作品を見て「こういう作品を作っている人に教わりたいな」と思ったのも決め手の一つです。
――平野さんが、そこまで木版画に魅了された理由は何ですか?
平野:私は高校時代、デザインアートコースという美術系コースで油彩や水彩をしていましたが、自分が紙の上に直接描いた線が好きじゃありませんでした。完成した作品を見てもときめかない感じがすごくあって。授業で、中学以来久しぶりに木版画をやったときに「あ、これだ」と思いました。彫って、版を1回介在してできる線が「自分にとっての表現だ」と、しっくりきたんです。
版種の中で木版画を選んだのは、たまたまです。自分に向いているものを見極めていった結果、やっぱり木版画がいいなと思って、今に至ります。
――大学で専門的に学んでみて、いかがでしたか?
平野:先生方が、学生それぞれの魅力を引き出そうとしてくれるのを感じました。「個性を伸ばしてくれる」というと簡単な言葉に聞こえますが、「こうした方がいい」ではなく「こうしてみたら?」という声のかけ方や対話を通して、それぞれの個性を作品に生かす指導をしてくれていたと思います。
授業カリキュラムも刺激的なものでした。2、3年次に他コースでの選択授業があり、私は彫刻と工芸を選んだのですが、工芸の授業が本当におもしろくて。私は金工を選択し、自然物をモチーフにした課題で、気に入った葉っぱの形を金属板を切って違う形に置き換えて再現する、という作品を構想。途中から複雑な形の葉っぱをつくるのに夢中になった結果、できあがった作品は「ごちゃごちゃして、なにがしたいのかよくわからない。手間が多すぎる」と講評されてしまいました。先生は指導するときはすごく優しかったのに、ズバッと言うんですよ(笑)。
指摘にショックを受けたものの、改めて自分の版画作品を見ると、確かに手間が多いなと気づきました。私は当時、版画でも画面の中にやりたい要素をたくさん取り入れて付け足していくように作品をつくっていたんですね。自分がやりたいことを作品で説得できていなかったんです。それ以降、版画作品をつくる際にも考え方の整理ができるようになり、1つのものを捉えるときに視点を変えてものを見ることができるようになりました。立体作品制作という、違う分野で勉強できたことは本当によかったです。
――多角的な学びが成長につながったんですね。
平野:そうですね、作風はもう全然違いますよ。最初は白黒がはっきりしたゴリゴリの木版画をやっていたのですが、先生方がずっと「なにか違う気がする」と首を捻っていて。私は頑固だったのであまりその話を聞かなかったんです。それでもいろいろとアドバイスをくれるので渋々やっているうちに「あ、先生の言った通りこっちの道だったな」と思うことが多々ありました。自分から生まれるオリジナルの作品が作れるようになったのは、しっかりと私の特性を見極めてくれる人が周りにいたからこそだと思っています
――授業以外で得たものは?
平野:今でも作家仲間として交流がある同期の存在です。一般の大学では卒業後は友人として会うのが普通だと思いますが、美大で作家活動をしている人だと「友人」とも少し違うような「同志」のような感覚があります。現在も交流を続けている仲間は学生時代から頑張っていて、「この人がいるから私も頑張ろう」と思えるような人たち。仲間がいたから、真面目に制作に向き合い続けることができました。
学生時代に、大学主催のグループ展や、画廊の企画展示に参加させてもらったことも、その後の作家活動につながっています。2020年に東京で行った個展は、若月公平先生が懇意にしている画廊から声をかけられ実現したものでした。札幌で作家活動を始める際も、ツテをたどって画廊にポートフォリオを持ち込み展示をお願いしましたし、そこから美術館で展示をさせてもらえるようにもなりました。芸工大を出ていなかったら、作家活動はできていなかったんじゃないかと思います。
――最後に、これから受験される方にメッセージをお願いします。
平野:私は入学当初、ただ「木版画がやりたい!」という気持ちしかありませんでした。自分がどういう表現がしたいのか、作品をつくるということがどういうことかも全然わからなくて、作家活動をしている未来を思い描いてもいなかったんです。ただ、木版画に対する気持ちは途切れず、先生や外部講師の方々の指導があって自分の表現ができるようになり、作品づくりを基本にして生活していきたいと思うようになりました。
版画コース受ける人の多くは、どんな版種をやりたいか決まっていないと思います。入学してから悩むポイントはあるかと思いますが、選択できる道はたくさん用意されているんだよ、ということを言いたいですね。芸工大では、私も含めて多種多様な作風が個人の特性から生まれていて、先生方が親身に指導してくれるので大丈夫です。あと、高校生の方には一足飛びになってしまいますが、札幌で作家活動をしたいなら札幌芸術の森はおすすめですよ。機会があればぜひ遊びにきてください。
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版画コースの学生は、1学年20名ほど。少人数だからこそ持てる対話の機会と丁寧な指導が、学生の個性を伸ばし、自己表現の確立を助けています。平野さんは、見て分かる「芸工大風」の表現がないことが芸工大の学生、卒業生の作品の特徴だといいます。それは、視座の広い教授陣が学生一人ひとりの個人の特性を尊重し、それを支えながら伸ばしていくという教育の風土を表していると言えるかもしれません。「木版画がやりたい」「発表したい」という意欲的な気持ちを持って、自然体で版画作家として活動している平野さんの言葉には、感謝と喜びが散りばめられていたのが印象的でした。
(取材:上林晃子、入試広報課?土屋) 美術科版画コースの詳細へ足球比分|直播_皇冠体育-篮球欧洲杯投注官网推荐 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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