
美術科?テキスタイルコース(現?工芸デザイン学科)を卒業した小野寺雪乃(おのでら?ゆきの)さん。大学卒業後、傘作家のイイダヨシヒサさんが主宰するオーダーメイドの傘屋?イイダ傘店に新卒で入社しました。現在は手仕事での傘の制作や、受注の対応などを日々行っています。卒業制作でも傘をテーマに選んだ小野寺さんに、ひたすら手仕事で傘と向き合う仕事の魅力や、テキスタイルの道を志した経緯などをお伺いしました。
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“傘”という、日常生活に溶け込むテキスタイルを扱う毎日
――現在のお仕事内容について教えてください
小野寺:私が普段、メインで行っているのは傘の制作です。受注会でお客さまが注文してくださった傘を、先輩方と力を合わせ、半年かけて300本ほど制作しています。ただ、実は「傘の制作に1日中、ひたすら向き合う」という日はなくて。公式Instagram の更新や、メールでのお問い合わせの対応、イベントで展示する商品の準備なども行っています。
受注会の時期には会場に立ち、お客さまと直接お話しして、アイテムの説明やオーダーのアドバイスをさせていただくこともあります。

――イイダ傘店さんの傘は、どのように制作されているのでしょうか?
生地はイイダ代表が毎年新作をデザインしており、私は、その生地がアトリエに届いてからの作業を手がけています。
型に沿って生地をカットして縫い合わせたり、端を処理したり……といった裁縫の工程もあれば、傘の骨を組み立てたり、部品をつけたりする作業もあります。作業によってはミシンを使うことはあるものの、基本的にはほとんど手仕事ですね。

ちなみに、傘の制作ではすべての工程で目標の作業時間が決められていて、アトリエにはスタッフの名前と実際の作業時間をまとめた表が貼り出されているんです。私はまだ目標を達成できていない工程もあるのですが、ベテランの先輩は難しい工程も倍以上のスピードでこなせています。ここで生み出されるのはかわいらしいアイテムですが、制作している一人ひとりが職人としてストイックに向き合っています。


――傘の制作で、小野寺さんが一番好きな工程はどこですか?
小野寺:“ネーム”とよばれる、傘を留めるひもを取り付ける工程です。というのも、これは傘の制作で最後の工程になるんですね。なので、ネームを取り付けると「やっと1本出来上がった……!」という達成感をいつも得られます。一枚の布の状態から向き合ってきた傘が、ついに完成する瞬間なので、思い入れもひとしおですね。
――小野寺さんは、卒業制作でも傘を作られていましたよね。傘には、芸工大在学中から興味があったのでしょうか
小野寺:実は、傘に興味を抱いたのは大学4年生の初めぐらいの時期だったんですよ。 それまで自分のなかで、傘はあくまでも“日用品”というイメージしか抱いていませんでした。ですが、就活の際に傘の生地を生産している工場をたまたま知って、そこで初めて「そうだ、傘もテキスタイルなんだ!」ということに気づいたんですね。
傘っていろいろな柄があって、自分の服装やその日の気分に合わせて選ぶことができるんですよね。そこが面白いな、と思って、興味が出てきました。

ただ、その時点ではイイダ傘店のことはまだ知らなくて……。ゼミの安達大悟(あだち?だいご)先生※に卒業制作について相談をしていたら、「イイダ傘店っていうところがあるから、調べてみたら?」とアドバイスをいただいたんです。ホームページを見てみたら、すごく素敵な傘がたくさんあってワクワクしました。しかもタイミング良く求人が出ていて、新卒は受け付けていなかったのですが、ダメ元で応募してみたらありがたいことにご縁があって。
まさか、大学生活最後の1年で“傘”という新たな出会いがあり、卒業後の進路にも大きくかかわってくるとは思いませんでしたね(笑)
※工芸デザイン学科准教授。テキスタイルアーティスト。詳しいプロフィールはこちら。
――イイダ傘店さんで働くなかで、印象に残っている出来事はありますか?
小野寺:立川で開催されたイベント『東京蚤の市』に、ワークショップを出展したのですが、そのときの体験はなかなか新鮮でした。
イイダ傘店として『東京蚤の市』への出展自体は過去にも何度かあったのですが、2024年の参加では「いつもとちょっと違う企画をやってみよう」ということになりまして。傘を作る過程で余ったハギレを使って、お客さまの手でオリジナルのブローチ作りを体験できるワークショップを開催したんです。

ワークショップ開催にあたっては、まず「何を作るか」という企画を考えるところから始まり、試作品の制作など、準備段階から携わらせていただきました。当日は会場で1日中、お客さまにブローチの作り方をレクチャーしていたのですが、予想以上の来客があって、てんやわんやでした(笑)
正直、かなり大変だったのですが……。でも、お客さまが楽しそうにしているところを見て、「やってよかったな」と思いました。普段の受注会とは違う層の方もいらっしゃって、多くの方にイイダ傘店を知っていただくきっかけになったのもうれしかったですね。
本心の「やりたい」を信じて突き進んだ結果、今がある
――芸工大での学びで、今のお仕事でも活きていることはありますか?
小野寺:4年間、テキスタイルを学んで忍耐力が身についたと思っています。それは傘を制作するうえでも活きていますね。
大学時代、課題で何か制作する際、自分の頭の中には「こうしよう」というイメージがあっても、1回で思ったとおりの結果になることはまずありませんでした。何回も試行錯誤することで、やっと理想の作品が完成するんです。理想の作品を追い求め、トライアンドエラーを繰り返すという経験を通じて、忍耐を学びました。
傘の制作では同じ作業を何回も繰り返しますし、それこそワークショップの企画でも、「何をすればいいかな?」と同じテーマについてずっと考えていたので。やはり、ものを作る仕事において“繰り返す”ことへの免疫はとても大事だと思います。

――受験生のときに「大学でテキスタイルを学ぼう」と思った理由を教えてください
小野寺:元々私は美術部にも入っていなかったですし、芸術方面にそこまで一直線だったわけでもないんです。でも、母が和裁をやっていて、小さいころから身の回りに着物がある環境で育ったのは影響として大きかったですね。 母に連れられて行った着物屋さんにたまたま作家さんがいらっしゃって、「これは桜の皮で染めた着物なんだよ」といったように、着物について教えていただくこともありました。なので、漠然と「染め物とか、布にかかわる仕事をやってみたいな」という興味は抱いていました。ただ同時に、美術部にも入っていない自分が、将来そんな世界で働けるのかな? とも思っていたんです。
そんな具合で、テキスタイルへの興味はありつつ、高校生のときはどうしても「それで将来の仕事につながるの?」というところが気になってしまって。 美術?デザイン方面で、なんとなく現実的な仕事につながりそうなのは建築関係かな……? と思って、建築?環境デザイン学科も受験しました。でも、結果的に建築?環境デザイン学科には落ちて、美術科テキスタイルコース(現?工芸デザイン学科)にだけ受かったんですよ。これはもう「自分が行きたいところに行って、好きなことをやりなさい」ということなのかな、とポジティブに受け止めて、テキスタイルの道に進むことを決めました。
結果、今こうしてテキスタイルに携わるお仕事ができているので、自分のやりたいことを信じてよかったです。

――芸工大の美術科テキスタイルコース(現?工芸デザイン学科)は、アート的な視点もありながらプロダクトに寄った方針のカリキュラムとなっています。その点は学んでみていかがでしたか?
小野寺:すごくわかりやすくて、楽しく学べました。逆に私自身は、“自分の気持ちを形にする”というアート的な考え方が苦手なほうなので、自分の生活と直接結びつけて想像できる、プロダクト的な考え方が合っていました。
アートにはアートの良さがあるのですが、ある意味で制約がないがゆえ、どう作ればいいのかがわからない……という側面が私にはあったんです。その点、芸工大、特に安達先生の指導方針は「こういう場面に合うものを作ろう」といったように、ある程度の制限があったので考えやすかったですね。
――「今後、こんなことをやってみたい」という展望があれば教えてください
小野寺:傘の制作とは別の話になるのですが、自分でオリジナルのものを何か作って、それをいろいろな人に買っていただけるようになれたらいいな、と思います。それこそ、弊社のイイダ代表のような……。自分で絵を描いて、それを傘という商品にして売るって、すごいことですよね。しかも毎シーズン、ずっと新作を出しているんですよ。イベントでも、ハンドメイドでご自身の作品を売っている人がたくさんいらっしゃるのですが、見ていて憧れますね。

あとは、いわゆるギャラリーとか百貨店でしっかりお客さんに支えてもらって、ちゃんと次につなげていくっていうのも大切な活動だと思っています。人と違う生き方ってそれなりに言い訳できないし、好きなことを仕事にするといいこともありますけど大変なこともたくさんあって。
――最後に受験生へメッセージをお願いします
小野寺:自分のやりたいことに、素直に向かって頑張るのが一番だと思います。私は受験生のとき、建築のほうも一瞬考えてみて迷っていましたが、結局本心で一番やりたかったテキスタイルの道を選んで、今こうして傘を作るお仕事をしているので。
「将来、どんな仕事をするか」「自分に何ができるか」は、大学に入ってから考えてもまったく遅くないですよ。やってみたいことを一生懸命頑張ったら、いい方向にきっと進むので、自分の興味を信じてみてください。

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終始穏やかな口調で、楽しそうにお話をしてくださった小野寺さんですが、ひとたび作業に着手すると、真剣な顔つきになるのが印象的でした。イイダ傘店さんの傘は1本3万~4万円ほどで、「一生ものの傘」としてドキドキしながら注文されるお客さまもいらっしゃるのだそうです。その期待に応えようと、職人として責任感をもって制作に向き合う姿勢が伝わってきました。
(撮影:永峰拓也、取材:城下透子、入試課?須貝)

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