雪の日
12月。もうすぐクリスマス。この冬は雪が多いらしいよ、なんて巷で言われている。どうだろう。子どもの頃は雪が降るとワクワクしたものだ。街に雪が降ると、あらゆる汚れが白で覆われ綺麗な世界が広がって、そして、静かになって、とてもよい。雪が音を吸収してくれるらしい。
12月。静かな夜に聴くべき1枚は何だろう、とかんがえて選んだ1曲はこちら。
レナード?コーエン(Leonard Cohen)が1984年に発表した「ハレルヤ(Hallelujah)」は、無数のアーティストがカバーしていることでも有名だ。ボブ?ディランにも通じるヘタウマ歌唱の世界。噛めば噛むほど味が出るスルメのような旨味がある。何度も聴いてゆくと、曲自体の美しさとコーエン独特の歌い方がもつ味わいが理解できるようになる。スロー?カルチャーの時代にはもってこいの1曲だと思う。
タイプライターの世界
「ハレルヤ」のオランダ盤のジャケットでは、コーエンがタイプライターに向かっている。この写真、個人的には非常に好ましい。
写真の中でコーエンが使用しているタイプライターは、イタリアのオリベッティ社のLettera 22という機種だ。その後継機種であるLettera 32は市場に多く出回っているが、22はそんなにない。なので、見かけたら即購入するのをおススメする。運良く手に入れることができたら、まずは全キーを清掃し、スムーズに動くかをチェック、そして、注油しよう。次に、リボンのインクがあるかを調べ、なければ、新たなリボンに交換だ。最後にプラテンに紙を挿して準備完了。さあ、無事にタイプライターのある暮らしが始まる。
楽曲よりもタイプライターの話に熱くなってしまった。それというのも、わたしはタイプライターが大好きだからなのである。なにげなく集め始めたら止まらなくなったのである。今も増え続けている。来年も増えると思う。
聖書の世界
タイプライターの話は置いておいて、「ハレルヤ」を聴こう。ハレルヤは神をたたえる言葉。クリスマスにふさわしい。
しかしながら、この曲は難解である。ジングル?ベルとか赤鼻のトナカイとかとは一線を画す。ある人はこれを猥褻といい、ある人は神聖という。不毛な議論でケンカしている場合でないので、思いおもいに聴いてください。
Well, I heard there was a secret chord
秘密の和音があるそうだ
That David played and it pleased the Lord
ダビデが奏でて、神を喜ばせた和音
But you don’t really care for music, do you?
けど、あなたは音楽には興味がなかったね
Well it goes like this:
こんな感じの進行だよ
The fourth, the fifth
4度の和音、それから、5度の和音
The minor fall and the major lift
短調の暗さに長調の高揚
The baffled king composing Hallelujah
困惑した王がハレルヤを作曲中
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
Well, your faith was strong but you needed proof
あなたの信念は強かったけれど、証拠を欲しがった
You saw her bathing on the roof
あなたは彼女が沐浴しているのを屋上で見た
Her beauty and the moonlight overthrew you
彼女の美しさと月の光があなたを倒してしまい
She tied you to her kitchen chair
彼女はあなたを台所の椅子に縛りつけ
She broke your throne and she cut your hair
あなたの王座を破壊し、あなたの髪を切ってしまった
And from your lips she drew the Hallelujah
そして彼女は、あなたの口からハレルヤと言わせた
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
You say I took the name in vain
あなたはぼくがその名を冒涜したという
I don’t even know the name
ぼくはその名前さえ知らないのに
But if I did, well, really, what’s it to ya?
知っていたとしても、それがあなたにとって何の意味がある?
There’s a blaze of light in every word
すべての言葉に輝きがある
It doesn’t matter which you heard
あなたがどちらを聞いても関係はない
The holy or the broken Hallelujah
聖なるハレルヤでも、壊れたハレルヤでもね
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
I did my best, it wasn’t much
ぼくは、ベストは尽くしたけど、大したことはできなかった
I couldn’t feel, so I tried to touch
感じることができなくて、だから、触れようとした
I’ve told the truth, I didn’t come to fool ya
ぼくは真実を語った、あなたをだまそうとなんてしていない
And even though it all went wrong
すべて上手くいかなかったけれど
I’ll stand before the lord of song
神の歌の前にぼくは立つ
With nothing on my tongue but Hallelujah
ぼくに言えるのはハレルヤしかないんだ
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
レコードはここでゴスペル風の大団円。やはり静かな夜に聴きたい。雪が降っているとなお良い。
「ハレルヤ」のつづき
この曲には実は、レコードに録音されていない部分の詩もある。そして、それらにこそ重要なメッセージが込められていると思われる。というわけで、その部分は以下。「ハレルヤ」の世界をさらに味わって欲しい。
Baby I’ve been here before
ベイビー、ここには以前ぼくは来たことがある
I’ve seen this room and I’ve walked this floor
この部屋を見たことがあるし、この床を歩いたこともある
You know, I used to live alone before I knew you
あなたを知る前は、独りで暮らしてきたんだ
I’ve seen your flag on the marble arch
大理石のアーチにきみの旗を見た
And love is not a victory march
愛は勝利の行進ではない
It’s a cold and it’s a broken Hallelujah
それは、冷たく、そして、壊れたハレルヤ
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
Well there was a time when you let me know
あなたがぼくに教えてくれたときがあった
What’s really going on below
下で何が起きているのか
But now you never show that to me, do you?
でも、今は見せてくれないよね
But remember when I moved in you
でも、あなたの中で動いていたときのことは覚えている
And the holy dove was moving too
聖なる鳩も動いていた
And every breath we drew was Hallelujah
そして、ぼくたちの呼吸のすべてがハレルヤだった
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
Maybe there is a God above
天上には神がいるのかも
But all I’ve ever learned from love
けれど、ぼくが愛から学んだことはただ
Was how to shoot somebody who outdrew you
銃をぼくより抜くのが早かった奴をどう撃つかということ
And it’s not a cry that you hear at night
夜、あなたが聞くのは泣き声ではなく
It’s not somebody who’s seen the light
光を見た人でもなく
It’s a cold and it’s a broken Hallelujah
それは、冷たく、そして、壊れたハレルヤだ
Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
ハレルヤ
うーん、じつに深みのある曲だ。ああ、ベイビー、思い出した。わたしが幼稚園児のころ、ダビデの壁画を描いたことがあった。日曜の度に教会に通っていて、わたしはダビデが好きだった。羊飼いの少年ダビデ。幼稚園のアルバムを久しぶりに見てみたら、ダビデを大きく描いて満足しているところを撮ってもらった写真があった。
ああ、ベイビー、もう一つ思い出した。夕ヶ谷姉妹の演奏動画は鋭意編集中です。いつか編集も完了するでしょう。ともあれ、来年はステージでお目にかかりたいものです。
今年もお付き合いありがとうございました。ハッピー?クリスマス。そして、よいお年を。
それでは、来年の次の1曲までごきげんよう。
Love and Mercy
(文?写真:亀山博之)
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第3回 孤独と神と五月病~ギルバート?オサリバンの巻
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亀山博之(かめやま?ひろゆき)
1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。
著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。
趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。
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