第25回 ダビデとタイプライター~レナード?コーエンの巻|かんがえるジュークボックス/亀山博之

コラム

雪の日

12月の芸工大
12月の芸工大

 12月。もうすぐクリスマス。この冬は雪が多いらしいよ、なんて巷で言われている。どうだろう。子どもの頃は雪が降るとワクワクしたものだ。街に雪が降ると、あらゆる汚れが白で覆われ綺麗な世界が広がって、そして、静かになって、とてもよい。雪が音を吸収してくれるらしい。
 12月。静かな夜に聴くべき1枚は何だろう、とかんがえて選んだ1曲はこちら。

レナード?コーエンの「ハレルヤ」オランダ盤
レナード?コーエンの「ハレルヤ」
オランダ盤
 

 レナード?コーエン(Leonard Cohen)が1984年に発表した「ハレルヤ(Hallelujah)」は、無数のアーティストがカバーしていることでも有名だ。ボブ?ディランにも通じるヘタウマ歌唱の世界。噛めば噛むほど味が出るスルメのような旨味がある。何度も聴いてゆくと、曲自体の美しさとコーエン独特の歌い方がもつ味わいが理解できるようになる。スロー?カルチャーの時代にはもってこいの1曲だと思う。

タイプライターの世界

 「ハレルヤ」のオランダ盤のジャケットでは、コーエンがタイプライターに向かっている。この写真、個人的には非常に好ましい。

わたしのLettera 22
わたしのLettera 22

 写真の中でコーエンが使用しているタイプライターは、イタリアのオリベッティ社のLettera 22という機種だ。その後継機種であるLettera 32は市場に多く出回っているが、22はそんなにない。なので、見かけたら即購入するのをおススメする。運良く手に入れることができたら、まずは全キーを清掃し、スムーズに動くかをチェック、そして、注油しよう。次に、リボンのインクがあるかを調べ、なければ、新たなリボンに交換だ。最後にプラテンに紙を挿して準備完了。さあ、無事にタイプライターのある暮らしが始まる。

タイプライターに埋もれる
タイプライターに埋もれる

 楽曲よりもタイプライターの話に熱くなってしまった。それというのも、わたしはタイプライターが大好きだからなのである。なにげなく集め始めたら止まらなくなったのである。今も増え続けている。来年も増えると思う。

聖書の世界

 タイプライターの話は置いておいて、「ハレルヤ」を聴こう。ハレルヤは神をたたえる言葉。クリスマスにふさわしい。

レコードジャケット 裏面
レコードジャケット 裏面

 しかしながら、この曲は難解である。ジングル?ベルとか赤鼻のトナカイとかとは一線を画す。ある人はこれを猥褻といい、ある人は神聖という。不毛な議論でケンカしている場合でないので、思いおもいに聴いてください。

 Well, I heard there was a secret chord
 秘密の和音があるそうだ
 That David played and it pleased the Lord
 ダビデが奏でて、神を喜ばせた和音
 But you don’t really care for music, do you?
 けど、あなたは音楽には興味がなかったね
 Well it goes like this:
 こんな感じの進行だよ
 The fourth, the fifth
 4度の和音、それから、5度の和音
 The minor fall and the major lift
 短調の暗さに長調の高揚
 The baffled king composing Hallelujah
 困惑した王がハレルヤを作曲中

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 Well, your faith was strong but you needed proof
 あなたの信念は強かったけれど、証拠を欲しがった
 You saw her bathing on the roof
 あなたは彼女が沐浴しているのを屋上で見た
 Her beauty and the moonlight overthrew you
 彼女の美しさと月の光があなたを倒してしまい
 She tied you to her kitchen chair
 彼女はあなたを台所の椅子に縛りつけ
 She broke your throne and she cut your hair
 あなたの王座を破壊し、あなたの髪を切ってしまった
 And from your lips she drew the Hallelujah
 そして彼女は、あなたの口からハレルヤと言わせた

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 You say I took the name in vain
 あなたはぼくがその名を冒涜したという
 I don’t even know the name
 ぼくはその名前さえ知らないのに
 But if I did, well, really, what’s it to ya?
 知っていたとしても、それがあなたにとって何の意味がある?
 There’s a blaze of light in every word
 すべての言葉に輝きがある
 It doesn’t matter which you heard
 あなたがどちらを聞いても関係はない
 The holy or the broken Hallelujah
 聖なるハレルヤでも、壊れたハレルヤでもね

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 I did my best, it wasn’t much
 ぼくは、ベストは尽くしたけど、大したことはできなかった
 I couldn’t feel, so I tried to touch
 感じることができなくて、だから、触れようとした
 I’ve told the truth, I didn’t come to fool ya
 ぼくは真実を語った、あなたをだまそうとなんてしていない
 And even though it all went wrong
 すべて上手くいかなかったけれど
 I’ll stand before the lord of song
 神の歌の前にぼくは立つ
 With nothing on my tongue but Hallelujah
 ぼくに言えるのはハレルヤしかないんだ

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 レコードはここでゴスペル風の大団円。やはり静かな夜に聴きたい。雪が降っているとなお良い。

「ハレルヤ」のつづき

 この曲には実は、レコードに録音されていない部分の詩もある。そして、それらにこそ重要なメッセージが込められていると思われる。というわけで、その部分は以下。「ハレルヤ」の世界をさらに味わって欲しい。

 Baby I’ve been here before
 ベイビー、ここには以前ぼくは来たことがある
 I’ve seen this room and I’ve walked this floor
 この部屋を見たことがあるし、この床を歩いたこともある
 You know, I used to live alone before I knew you
 あなたを知る前は、独りで暮らしてきたんだ
 I’ve seen your flag on the marble arch
 大理石のアーチにきみの旗を見た
 And love is not a victory march
 愛は勝利の行進ではない
 It’s a cold and it’s a broken Hallelujah
 それは、冷たく、そして、壊れたハレルヤ

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 Well there was a time when you let me know
 あなたがぼくに教えてくれたときがあった
 What’s really going on below
 下で何が起きているのか
 But now you never show that to me, do you?
 でも、今は見せてくれないよね
 But remember when I moved in you
 でも、あなたの中で動いていたときのことは覚えている
 And the holy dove was moving too
 聖なる鳩も動いていた
 And every breath we drew was Hallelujah
 そして、ぼくたちの呼吸のすべてがハレルヤだった

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 Maybe there is a God above
 天上には神がいるのかも
 But all I’ve ever learned from love
 けれど、ぼくが愛から学んだことはただ
 Was how to shoot somebody who outdrew you
 銃をぼくより抜くのが早かった奴をどう撃つかということ
 And it’s not a cry that you hear at night
 夜、あなたが聞くのは泣き声ではなく
 It’s not somebody who’s seen the light
 光を見た人でもなく
 It’s a cold and it’s a broken Hallelujah
 それは、冷たく、そして、壊れたハレルヤだ

 Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah, Hallelujah
 ハレルヤ

 うーん、じつに深みのある曲だ。ああ、ベイビー、思い出した。わたしが幼稚園児のころ、ダビデの壁画を描いたことがあった。日曜の度に教会に通っていて、わたしはダビデが好きだった。羊飼いの少年ダビデ。幼稚園のアルバムを久しぶりに見てみたら、ダビデを大きく描いて満足しているところを撮ってもらった写真があった。

ダビデの絵と40年前のわたし
ダビデの絵と40年前のわたし

 ああ、ベイビー、もう一つ思い出した。夕ヶ谷姉妹の演奏動画は鋭意編集中です。いつか編集も完了するでしょう。ともあれ、来年はステージでお目にかかりたいものです。

 今年もお付き合いありがとうございました。ハッピー?クリスマス。そして、よいお年を。
 それでは、来年の次の1曲までごきげんよう。
 Love and Mercy

(文?写真:亀山博之)

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亀山博之(かめやま?ひろゆき)
亀山博之(かめやま?ひろゆき)

1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。

著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。

趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。