[優秀賞]
村上優衣|防潮堤完成後の風景の在り方と継承~気仙沼市小泉地区を事例として~
宮城県出身
渡部桂ゼミ
論文、模型
東日本大震災で、地元である宮城県気仙沼市小泉地区に高さ21mの津波が押し寄せた。東北沿岸部では防潮堤の建設が足早に進み、同地区は2018年にTP.14.7mの県内最大の防潮堤が建設された。震災から14年が経ち、防潮堤のある風景に慣れてきたが、堤防によって分断された自然や人、更地になった津波跡地に寂しさを感じる。地域を守るため巨額の資金を費やし変わった沿岸部の風景は、今後長い時間残り続けるものとして最善なのか疑問に感じた。
本研究では、これまで調査された同地区の自然に関する研究データと現状を照らし合わせながら震災前後の風景の変化を探り、社会情勢を踏まえ現状とこれからの風景について考察し、震災の記録や記憶と共に継承する防潮堤のある風景の新たな役割や可能性について考察することを目的とする。
文献から小泉地区は昭和三陸地震やチリ地震による津波、その他河川の氾濫といった自然災害を経験していたことが分かっている。それでも直接住宅街に被害が及ぶことはなく、地区住民を対象としたヒアリング調査から、干潟や砂浜で獲れる魚?貝類が家計を支え、耕作を生業としてきた暮らしが明らかになった。3.11発生後防潮堤の計画が進み、津波で形成された湿地を保全する代替案もあったが、地区住民の中に対立があるまま現在の防潮堤が建設された。ヒアリングでは、堤防への賛成?反対ほか堤防の在り方に曖昧な想いを抱いていた層がいたことも明らかになった。
現地調査から、防潮堤完成後は住民が天端を散歩する様子や、サーファーが堤防を越えて海に入る様子が見られた。また近年は震災前に開催されていた和船漕ぎや神社の祭典など行事が復活し、地域を賑わせている。津谷川の堤外地は陸上生物が身を潜めやすい環境として成り立ち、水質が良く、カワセミやアオサギなどの野鳥が確認でき、自然の大きな攪乱後の新しい自然環境の形成と生物の多様化が進んでいる。
防潮堤完成までの経緯を考えると、現在の風景は最善ではないが、防潮堤の周辺に形成された自然や震災の痕跡は記憶の継承としての風景価値を持つ。現在の風景は、長い時間軸においては一時的な風景であると受け止め、防潮堤の縁でせめぎ合って生きる自然の変化を見続け学んでいく事が重要であると考える。人工物に対抗するかのように自由に現地に発達する自然の姿はとても美しい。自然を見て、触れて、人間もまた逞しく生きることが被災地における生き方ではないか。
渡部桂 教授 評
東日本大震災により沿岸部は、災害そのものと防潮堤建設とによる大きな環境の変化を遂げた。その成り行きは社会情勢の影響を大きく受け、復興事業が技術的、環境的、文化的に最良であったかは時間を経て得られる裁定がある。本研究では震災後に建造された巨大防潮堤が、当地の生態系や住民による砂浜や河川空間の利用を変えたことを明らかにした。また丁寧な聴き取り調査から、巨大土木構造物が生活者の心持ちにどう作用し変化してきたかまで捉え、防災機能を超えた価値や対比的に炙り出さされる自然観を見出している点が研究として優れている。しばらく動かないであろう防潮堤を媒体に、それがある一帯の環境を世代を超えて見続ける。これが辿り着いた結論であるが、異質な存在である防潮堤にしなやかで強かな自然が入り込みせめぎ合う姿を、前を向くために肯定し新たな活動に引きもうとする提案に、被災地出身である村上さんらしい逞しさを感じる。
1. 高台からみた小泉地区の風景
2. 防潮堤の在り方に関する提案