歴史遺産学科Department of Historic Heritage


阿部なつみ|漁師浜における龍神信仰の諸相 -宮城県石巻市牡鹿地区沿岸地域を事例に-
宮城県出身
松田俊介ゼミ

 従来の研究では、「板子一枚下は地獄」とのいわれがあるように、海での生業は常に危険が付きまとっているとされている。そのため、漁業を営む漁師浜などでは、かねてより漁民によって漁や海に関する神が信仰されてきた。それは漁業信仰といい、海を生業としている人々の豊漁や航海安全を祈願する信仰である。その漁業信仰の一例として宮城県石巻市牡鹿地区の龍神信仰を取り上げる。
 龍神信仰は、従来の研究において、金物を嫌うとされており、お詫びとして「失せ物絵馬」の奉納が挙げられる。川島(1997)によると、紙絵馬であるがゆえに棄却などにより古い絵馬が少ないという。また、2011(平成23)年に発生した東日本大震災の大津波の被害によって、沿岸部の地域環境は大きく変化しており、現在の絵馬の動向などの追究も必要である。そこで、本研究では、「失せ物絵馬」をはじめとした習俗の現状を追求し、東日本大震災を経て、現在の石巻市牡鹿地区における龍神信仰の現状の姿を明らかにしていく。
 実地調査によって、牡鹿地区において、現存する「失せ物絵馬」の民俗を確認できた。これらの「失せ物絵馬」の奉納には、「龍神へのお詫び」と「落としてしまった罪悪感の払拭」という目的があったと明らかになった。漁師浜の人々には、海が生業の場であるため、海を大事にするという精神が根底にあった。
 しかし、震災によって漁師が減少し、神社も流失したことで、絵馬の奉納もあまりみられなくなり、習俗自体が失われつつある。そこには、失せ物習俗の教えが、現在は職業的倫理観として形を変えて人々の心性に根差している。龍神信仰をめぐる民俗の過程は、人々が被った災害等の歴史が転機となって、大きく変容しつつも、その名残は、確かに受け継がれているのである。

1. 金華山から望む海

2. 牡鹿町給分浜の五十鈴神社(川島1997)