[優秀賞]
食の匠と郷土料理の未来-岩手県二戸市の取り組みから-
欠端彩乃
岩手県盛岡市出身
松田俊介ゼミ
本研究では、食の匠という認定者制度を設けて郷土料理継承にあたる岩手県二戸市において、現在の郷土料理のリアルを記録することと人々の想いを記録することを通して、地方における郷土料理の未来を考察した。二戸市の食文化は、雑穀文化であると言えるが、その調理方法は多岐にわたり、材料の組み合わせ方といった工夫を凝らしながら様々な料理を生み出してきた。本調査では、「ひっつみ」(図1)と「へっちょこだんご」(図2)にて認定された食の匠2名を取り上げている。
インタビュー調査において特徴的だった点は、立場ごとで異なる地元郷土料理に対するイメージや考え方であった。例えば、市は観光資源として売り出せる魅力があると認識しており、積極的に情報発信を行っていた。一方で、住民の一部には、地元郷土料理を時に劣等感を抱くものとして捉えていたのである。また、食の匠に関しては、認定されたことを誇らしく思う一方で、その責任感から申し訳なさも伺えた。郷土料理の存続危機を防ぐには、立場ごとの意見を掘り起こし、立場を超えて想いの共有が必要であろう。二戸市においては、立場ごとで異なる想いによって様々な手段をつくりだすことが可能となり、結果、複層的に協力することによって存続の危機を防いでいるのという視点もあるのではないだろうか。
現代における郷土料理は、記憶を呼び起こすという役割になった。「懐かしいあの味」をめぐって行われる会話や、それを作るという行為から記憶をたぐり寄せるようになった。これにより、人々の間に共通の意識をつくりだし、今生きる私たちが守らなければいけないという意識を再構築させるのである。
「誰が、何のために、どのような方法で」残していきたいのかという人々の想いを考慮し、地域全体で考える必要がある。地域の人々が当事者となって積極的に動いてくれることが、郷土料理継承の近道なのである。地域にあった方法を選択し、そこに生きる人々が地域の個性を誇らしく受け入れられるかどうかの意識づくりが必要であろう。
松田俊介 専任講師 評
4年生はじめのゼミ。顔合わせを兼ねた自己紹介で、欠端彩乃さんは「郷土料理を覚えたい。見てきたものを形に残して伝えられる人になりたい」と語った。長年、華道をたしなみ、高校では、地域の伝統舞踊?さんさ踊りの同好会を立ち上げるなど、彼女の「日本と地元の伝統文化を守りたいという想い」は、人一倍である。
岩手独特の郷土料理認定者制度「食の匠」に着目し、それを卒論の主題とした彼女は、意欲的に現地調査に取り組む。…が、その道のりはけして順調なものとは言えなかった。
肝心なインフォーマントと連絡がつかなかったり、かつてあった「食の匠の店」が消滅していたり、感染リスクへの配慮でインタビューが制限されたり…。
しかし、そうした過程があったからこそ、彼女の研究は、より広い視座へと拡張していく。
「郷土料理」と「食の匠」をめぐる世界が、思ったよりも広範な社会性をもつことに気づき、彼女の調査は、行政?物産センター?産直などさまざまな現場に及び、継承にたずさわる人びとの想いを分析していった。
本研究の発見は、さまざまな現場の伝統料理の比較をしつつ、取り巻く人びとそれぞれの思想の違いが複層的に「伝統」を構築していたことをあきらかにした点である。
まさに、フィールドワークの偶発性と困難に負けず、辛抱強く自身の「伝統への思い」にエネルギーを注ぎ続けた成果だったといえる。