歴史遺産学科Department of Historic Heritage

『上山戸別図』からみる明治期の旧城下町の町家建築と景観の特徴
庄司真優
山形県出身
北野博司ゼミ

 本研究では、明治期の旧上山城下町が描かれた『上山戸別図』(図1)から読み取れる建築、職業、町名などの情報から、明治期の旧上山城下町の町家建築と景観の特徴について考察を行った。

 絵図に描かれている約450件の建築を対象に、町家建築の割合を町全体、町ごと、職業で出した(図2)。町全体の割合では、タイプFとされる妻入りの建築で、寄棟造りで草葺きの屋根、壁は真壁造りの中二階や平家の町家が多いことがわかった。また、タイプVとされる平入りの建築で、トタンを用いた屋根、壁は真壁造りの中二階や二階建ての町家も多く見られることがわかった。タイプFのような建築は、先行研究において江戸時代の東日本の町家建築として特徴的なものとされており、明治期の旧上山城下町においてもみられていたことがわかる。(図2?図3)

 町ごとの町家建築は、職業との関連がみられた。町人町とされている町では、先行研究において商店業や飲食業が多く存在している。そこでは、平入りの建築でトタンを屋根の材料に用いていた町家の割合が高くなっていた。その町人町の中でも、職人業が営んでいる割合が高い場合は、妻入りの建築で切妻作りの屋根、真壁造りで中二階や二階建ての町家(タイプC)が多いとわかった。百姓町や農業、医療関係を営んでいる割合が高い町では、タイプFの割合が高くなっていた。職業のほかにも、明治時代に新しくできたとされる三島町では、トタンを用いた町家建築の割合が高いものとなっていた。

 職業全体の結果は町全体と同じような結果になった。職業ごとでは、商店業や飲食業、宿泊業、公共施設などはタイプVが多い傾向であり、医療関係や農業ではタイプFが多い傾向であった。職人業、金融業、温泉施設などではタイプCの割合が高くなっていた.

 明治期の旧上山城下町の町家建築は、江戸時代からの特徴を持った町家建築と明治期になったことによる新しい素材を用いた町家建築が混在した形で景観を作り出しているのではないかと考える。また、町の特徴としては町ができた時代や町の性格、職業と建築が関係してくると考えられる。

1.『上山戸別図』に描かれた町並み

2.町全体?町ごと?職業全体のグラフ

3.タイプC?F?Vの図(一例)