非破壊分析法を用いた紅花染め資料の推定 ―九左衛門家雛人形の赤色染料推定と保存環境の提案―
佐藤美香
福島県出身
保存科学ゼミ
山形県内には紅花染めの資料が数多く残っている。それらの資料は「歴史的背景」や「当時の紅花の流通」を現代に伝える貴重な文化財である。現在、九左衛門家の雛人形(以下、雛人形)2体の袴や衣裳に見られる赤色および橙色部分は紅花染めによるものだと考えられているが、これまでに自然科学的な調査はなされていない。そこで本研究では、雛人形に紅花(ベニバナ)が使用されているという仮定のもと、非破壊分析法を用いて雛人形に使用されている赤色染料を推定した。染料の推定が雛人形展示の際、鑑賞者の作品理解を深める為のデータの一つになることを期待する。また雛人形を毎年良好な状態で展示できるよう、周辺環境のデータを基に好ましい保存環境を提案する。
赤色染料の推定では、各雛人形の袴と、筆者が作製したベニバナ、インドアカネの標準試料や、光曝露により劣化させた標準試料それぞれに非破壊分析法である紫外線蛍光観察および三次元蛍光スペクトル分析(3DF分析)を行い、蛍光反応を比較した。分析の結果、雛人形1(画像1)はベニバナと思われるような蛍光反応が確認できなかった。一方で、雛人形2(画像2)はベニバナ固有蛍光反応が確認でき、雛人形2にベニバナが使用されていると推測した。しかし、一部ベニバナと異なる蛍光反応が確認できたことから、雛人形2はベニバナと他染料Xの重ね染めである可能性を示した。文献調査の結果、ベニバナとキハダ、ベニバナとオウレンの重ね染め染織物が雛人形2と類似した等高線を示すことが確認できた。この結果を踏まえ筆者は、染料Xはキハダまたはオウレンである可能性を示し、雛人形2はベニバナとキハダまたはベニバナとオウレンの重ね染めであると推測した。
環境調査では、温湿度データを収集し、雛人形の収蔵場所は高湿度環境であることが明らかになった。特に、高温湿度度になる5月から10月はカビや害虫が発生しやすい期間になっていた。有機物で構成された雛人形は環境の影響に弱い為、北蔵の環境や雛人形の保存管理方法において対策が必要であると考え、改善案を示した。そこで筆者は、定期的な目視観察?清掃や調湿剤の利用など、簡易的かつ定期的に継続できる取り組みを提案した。
今後も染料分析と環境調査を継続し、各雛人形における染料推定の精度が高まると共に各雛人形が良好な状態で長きにわたり保存されることを願う。